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七梨の長編台本置き場

七梨の長編台本を載せたりするブログです。個人声劇団体等に提供した台本なので、無断使用はご遠慮くださいませ。

『南瓜の匂いに誘われて』

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※当台本の無断使用は原則お断りしております。

利用をご希望の際は、七梨のTwitterか当ページのコメントにてご連絡ください。

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セリフ振り分け一覧:
*メインキャラ
語:語り部さん(ナレーター)
カ:カルーア(主人公)
ル:ルシェルシェ
ア:三ツ首アリクイさん
火:火吹きトカゲさん
風:風船オバケさん
*ちょい役(役者重複可)
リ:リトルオバケ㌠
魔:魔女の老婆
ル母:ルシェルシェの母親
カ母:カルーアの母親
カ父:カルーア父親
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序章『雨音と南瓜の匂い』

 

語「空の鉛色が月の光を遮り、降りしきる雨が山犬の遠吠えを遮る夜。仄暗い街の中を、ポーチを肩にかけた一人の幼い少女が駆け回っておりました」

カ「はぁ……はぁ……ッ」

語「少女は息を整え、傍(わき)に続く路地裏に視線を向けます。街灯も無く、一面常闇に染まった路地裏の中を、灰色の鍵尻尾が蠢き、黄金色の瞳が少女を見据えていました」

カ「……あっ」
カ「……見つけた。えへへ……こんな土砂降りの中外に居たら、風邪ひいちゃうよ? ……あれ。南瓜の、匂い?」
カ「あっ、待って!猫さ……きゃあっ!!」

語「足を踏み外した感覚……そして、一瞬の浮遊感。彼女は、たまらず目を瞑ります」
語「そして、路面を打ち付ける雨音と、夜と雨の冷たさは、少女の感覚から飛び去るように消えていきました」
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シーン2 『夕陽の射し込む路地裏』

カ「う、ん……あれ?」

語「少女が目を覚ましたのは、夕陽の差し込む道幅の広い路地裏でした。建物の壁面に等間隔で掛けられたランプの灯火が、オレンジ色に路地全体を照らします」

カ「ここ……さっきの道じゃない、よね。知らない場所……どこ?」
カ「あっ、さっきの猫さん!待って……!」

語り手「路地裏を道なりに駆け抜ける猫と少女。雨の降っていない路地裏は、乾いた靴音を辺りに響かせます」

カ「はぁ……はぁ……ッあれ?」
カ「人の、声……?」

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シーン3『見知らぬ街』

語「路地を抜けると、そこは道幅の広い本通りでした。少女よりも足が速かった猫は一足先に街路に辿り着き、目の前を通りかかった長身の男に飛びつきます」


ル「おや……灰猫か。 人前に現れるとは珍しい」

カ「わぁ、お祭り……?」

ル「……今日は、立て続けに珍しい客人が来るな」

カ「あ、猫さん」

ル「ん? ……あぁ、この子はお嬢さんの猫だったのか。じゃあ、この子は君にお返しし……」

カ「あっ、別に私の猫じゃなくて……その。雨に濡れてかわいそうだったから、お家に入れてあげようと思って追いかけてただけ、で……」

ル「ふむ……ん? 雨?」
ル「なるほど。お嬢さん達はまだ、あちら側から来たばかりなのか」

カ「"来たばかり"? ……"あちら側"?」

ル「あぁ、"あちら側"さ。私達は君達の住む世界のことをそう呼んでいるよ。となると、君達は南瓜の匂いに呼ばれて来たクチのお客さんかな?」

カ「南瓜の、匂い?……あっ」

ル「ふむ、心当たりがあるようだね。たまに、あちら側の世界からこちら側に迷い込んでくる客人が居てね。不思議なことに皆、口を揃えて"南瓜の匂いにつられてここに来た"と言っているんだよ。だから、もしかしたら君達も……と思ってね」

カ「あ、あの……!」

ル「何だい?」

カ「私達、元の場所に帰りたいんですけど、その……帰れます、か?」

ル「あぁ、もちろん。だが……せっかくこの街に来たんだ! ハロウィンを楽しんでから帰っても、悪くないとは、思わないかい?」

カ「ハロウィンを、楽しむ?」

ル「あぁ! たくさんお菓子を貰って帰るといいさ。 街の中は私が案内しよう。 どうかな?」

カ「す、少しだけなら」

ル「よし、決まりだ。 それなら早速、アーケード街からまわろうか……それでは」

カ「……? えっと。 その手は、何?」

ル「案内する、と言っただろう? 御手をどうぞ。お嬢さん」

語「少女は躊躇いながらも、男の手を取りました。男は優しく、少女の小さな手を握り返します」

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シーン4『包帯男と悪戯好き』

カ「……。」
カ「あ、あの」

ル「なんだい?」

カ「その……怪我、大丈夫? 痛くない?」

ル「怪我? 私は別に、どこも怪我してなんか……あぁ、もしかしてこの包帯のことかい? 気にかけてくれるなんて、お嬢さんは優しい子だね……でも、大丈夫さ! 私は、別に怪我をして包帯を巻いてるわけじゃあないんだ。何たって私は、マミーだからね」

カ「ま、まみー?」

ル「全身包帯だらけのオバケのことさ。オバケは苦手だったかな?」

カ「う……ううん! マミーさんは、全然怖くないよ?」

ル「……君は、本当に優しい子だね」
ル「……あぁ、そうか。そういえば、まだ名前を教えていなかったね……私はマミーだが、名前はマミーじゃないんだよ。私の名はルシェルシェ。よろしく、お嬢さん」

カ「私も」

ル「……?」

カ「私も、お嬢さんだけれど、名前はお嬢さんじゃないの。私はカルーア、です」

ル「カルーア。君らしい素敵な名前だね」

カ「私らしい?」

ル「あぁ! 実を言うと、君の名前はカルーアなんじゃないかと会った時からずっと思っていたんだ」

カ「えっ。……えぇっ!?」

ル「ふっ……はは、はははっ!」

カ「えっと……え? あの……」

ル「はは……いやぁ、ごめんよ。今のは、ほんの冗談だよ。でも、お嬢さんに似合う素敵な名前だと思ったのは本当さ。さぁ、最初はアリクイ兄弟の店にお菓子を貰いに行こうか」

カ「う、うん」

語「そうして、カルーアとルシェルシェは、商店街に続く道へと並んで歩き出します」

▽────▼────▽────▼
シーン5『ペンギンのための魔法』

語「商店街だからなのか、ハロウィンデイだからなのか。 大通りは人混みで溢れかえっていました。 急ぐように走る者に、談笑しながらゆっくり歩く者、はたまた、立ち止まって看板を見回す者。スーツを着込んだ、黄色い蛇頭(へびあたま)の男に、根を足のように操り歩行する、不気味な大木。一列に並んで歩く、鎧を着込んだ巨大な鼠や、足の生えた石ころ。ハロウィンデイの商店街を、それらの統一性に欠けた異色が波を打つように街を彷徨いておりました」

ル「お嬢さん。 少し気になっていたのだが……もしかして君は、ハロウィンデイにお菓子を貰って回った事がないのかい?」

カ「うん。 周りもそんなにやってる子いなかったし、それに……お父さんもお母さんも、いつも忙しそうだったから」

ル「そうだったのか。 じゃあ今日は、今までの分もまとめて、思い切りハロウィンを楽しんで帰らなきゃいけないね」

カ「う、うん……!」

ル「じゃあ、これからハロウィンを楽しもうとしている君に、ハロウィンでお菓子を貰う時の決まり文句を教えてあげよう!」

カ「"TRICK or TREAT"?」

ル「おや、知っていたのかい?」

カ「ハロウィンでお菓子を貰ったことはないけど……お家に、ハロウィンの絵本があるから。 ……あれ?」

ル「……? どうかしたかい」

カ「もしお菓子じゃなくて、悪戯を選ばれたらどうしよう……?」

ル「悪戯の方を選ぶ変わり者なんて、そうたくさん居ないけど」
ル「まぁ……そうだね。この街は基本的に、願えば何でも叶う街だから、心配しなくていいと思うよ」

カ「なんでも……叶う?」

ル「あぁ! まぁ、本当に"何でも"できるわけじゃないけどね。試しに一つ、君に悪戯をしてあげよう。靴底を強く4回鳴らしてごらん」

カ「靴底? こう……? きゃあっ!? と、飛んでる……!」

語「重力という名の重石(おもし)は重さを忘れ、カルーアは靴音とルシェルシェを置いて空へと浮かび上がってゆきます。 橙色の街灯に照らされた街並み。 遥か遠くに見える、煉瓦造りの時計台。 商店街を際限なく行き交う人の波。 今までにない体験にたまらず、感嘆の声を漏らすカルーアは、いつか本で見た、空から撮ったお祭りの風景をふと思い出すのでした」

カ「……綺麗」

ル「ははは、どうだい? この世界では、靴底を4回鳴らすと、誰でも空を自由に飛ぶことが出来るのさ! 中々良い悪戯になるだろう?」

カ「う、うん……あれ? これってどうやって降りるの?」

ル「大丈夫、しばらくすれば勝手に下降してくれる……どうだい? 結構吃驚しただろう」

カ「うん、最初はちょっと怖かった」

ル「まぁ、私は高いところは苦手だから、自分から使ったことなんて一度もないがね……ん? 急に私の腕を掴んでどうしたんだい? ……あぁ、もしかしてダンスのお誘いかな? いやぁ、流石に公衆の面前で踊るのは些か(いささか)緊張するが、こんなに可愛いお嬢さんにダンスのお誘いを受ける日が来るだなんて、凄く嬉しうわあああああああ!!? お、落ち……落ちる落ちる!! は、早く手を離してくれ!!いや、駄目だ!!やっぱり離すのは駄目だあああ!!」

(少しの間。)

ル「ぜぇ……ぜぇ……うぇっ。これは唐突に仕掛けるべき悪戯じゃないな」

カ「ふふ……何でも慣れてそうなルシェルシェにも、怖いものがあるんだね」

ル「そりゃあ勿論あるさ。私も一応……。……一応、なんだったかな?」

カ「……? ルシェルシェ?」

語「首を傾げ呟くルシェルシェと、それを見て戸惑うカルーア。そんな二人の前に、ミツ首の人影が大股で近づいてきました」

ア「おいおい、何か通りがやたら騒がしいと思ったら……俺の店の前で何やってんだ?包帯野郎」

ル「おぉ、アリクイじゃないか」

▽────▼────▽────▼
シーン6『野菜好きのアリクイ』

語「カルーアとルシェルシェは、アリクイに案内されるがままに、小さな八百屋の前に来ていました。アリクイはカルーアに丸椅子を寄越すと、自分用のものであろう椅子に、慣れた仕草で座ります」

ア「ただでさえハロウィンは街中騒がしいってのに、お前は極めて騒がしい野郎だな。なんだ、お前もお菓子を貰いに来たのか?」

ル「いや。俺というよりは、このお嬢さんに分けてあげてくれ」

ア「お嬢さん?」

カ「こ、こんにちは」

ア「おっ、人間のお客さんとはイマドキ珍しいな。どこから来たんだ?」

カ「あ、えっと……ヨーロッパの」

ル「この子は、たったさっき"あちら側"から来たばかりだ」

ア「……俺はお前じゃなくてこの子に聞いてるんだ、よ! 」
ア「というか、お前はハロウィン以外にもこの店に顔出しやがれ! ちゃんと野菜食ってんのか心配だぜ! なぁ、兄弟?」
ア兄「なぁー?」
ア弟「なぁー。」

カ「アリクイさん」

ア「ん?何だい嬢ちゃん」

カ「その、首がくっついてる?アリクイさん達って、アリクイさんの兄弟なの?」

ア「あぁ、そうだぜ。左が兄貴で、右がウチの末っ子。そんで、俺が次男坊だ! 毎日3人で、この小さな八百屋の店主をやってんだ」


カ「アリクイさん達、そっくりで仲が良いんだね」

ア「あぁ、俺達は仲良しさ。なんたって兄弟だからな!なぁ、兄弟?」
ア兄「そうだよなぁー?」
ア弟「そうだよなぁー」

カ「いいなぁ」

ア「……? 予想外の反応をしてくれるな、嬢ちゃんは。 嬢ちゃんには兄弟……いや、兄弟じゃなくたっていい。 何でも腹を割って話せるような奴は居ないのかい?」

カ「は、腹を割る……」

ア「あーっと、とんでもない勘違いをしているな?」
ア「ちょっと質問を言い換えるか。嬢ちゃんには、言いたい事を遠慮なく言い合えるような、ダチや家族は居ないのかい?」

カ「お友達はいるけど……でも」
カ「私、誰かの前に立つといつも緊張しちゃうから、きっと変な子だって思われてるの」

ア「ははは、そんなことはないさ。君みたいな、素直で可愛い子と仲良くなりたくない奴なんて、きっといないぜ。なぁ、兄弟?」
ア兄「なぁー?」
ア弟「なぁー!」
ア「ほらな、俺の兄弟も満場一致さ」

カ「私にも、できるかな……お腹を割って話せる人」

ア「あぁ、できるさ……というわけで。そんな嬢ちゃんの記念すべき第一歩目だぜ」

カ「えっ?」

ア「TRICK or TREAT! お菓子を分け合えば、俺と嬢ちゃんは友達さ」

カ「! ……TRICK or TREAT! お菓子くれなきゃ、悪戯する……よ!」

ア「へへっ。じゃあ、悪戯で勘弁してもらおうかな?」

カ「えっ。……と、その」

ア「……だはははっ、冗談だ冗談! 心配すんなよ、ちゃんとお菓子分けてやああああああああ!! おうおうおう、嬢ちゃん! 手を、手を離してくれ!! あっ、やっぱ駄目だ!! 今は絶対に離しちゃ駄目だああああ!!」

(少しの間。)

ア「ぜぇ……ぜぇ……うぇっ。 冗談は言うモンじゃねえな。 なぁ、兄弟?」
ア兄「俺達は目ェ瞑ってたもんなー?」
ア弟「なー。」
ア「こンの薄情者ども……。 まぁいいか、お待ちかねのお菓子をくれてやろう」
ア「って言っても、俺達は八百屋だから、こんなモンしかあげれねえが……ジャガイモを油でそのまま揚げたジャガチップだ」

カ「わぁ……ありがとう!」

ア「いいってモンよ。次は街の中心部にでも貰いに行くといい。 あそこは店だらけ人だらけだからな」

カ「わ、わかった。 アリクイさん、HappyHalloween!」

ア「おう。 HappyHalloween、嬢ちゃん。 それと……ほれ、お前にもジャガチップをやろう」

ル「去年も言ったが、俺は別に要らないと……」

ア「どうせ店に出せない成り損ないの芋を揚げたモンだ、貰ってくれや。 ここの良い宣伝にもなるしな。 ……なぁ、ルシェルシェ」

ル「なんだ?」

ア「お前は、あの子をどうするつもりなんだ?」

ル「……どうもしないさ。どうするかはあの子が自分で決める事だ」

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シーン7『往来に佇む語り好き』

語「アリクイ兄弟の店を後にしたカルーアとルシェルシェは、街の中心へ向けてアーケード街を練り歩いておりました。 二人のすぐ隣を、人力車が通り過ぎてゆきます」

カ「アリクイさんから貰ったお菓子、とっても美味しそう。 えへへ……」

ル「あぁ、言い忘れるところだった。 この世界を出るまでは、絶対に何も口にしちゃいけないよ。 元の世界へ戻れなくなってしまうからね」

カ「えっ?」

ル「まぁ……お家に帰ってからなら食べても大丈夫だから、お楽しみとして持っておくといいよ。 丁度ポーチを持っているようだし」

カ「わかった……あっ! あそこ、道が開けてる」

ル「ふぅ、やっと着いたね。 ここがこの街の中心だよ。 "中心街"とか"セントラル"だとかで呼ばれている」

カ「人がいっぱい……」

ル「ここはいつも、こんな感じさ。 特に……今日みたいな日は、ね」

カ「ふぅん……あれ? あそこの噴水に居る人は誰?」

ル「あぁ、あれはマーメイドだね。 割とメジャーな子だけれど、絵本で見たことがなかったかな?」

カ「えっと、人魚さんじゃなくて、噴水の後ろの……」

ル「噴水の後ろ?」

語「カルーアはルシェルシェの袖口を引っ張りながら、噴水の裏手へと回りました。 そこに腰掛けて座っていたのは、黒いローブに身を包んだ猫耳の……って、あれ? それって僕の事じゃないか」

カ「うん、貴方。 貴方はだあれ? 何だかお話ししたことがあるような気がするけど……」

語「僕は語り部さ。 君と話した事は一度もないが、君の事は"シーン1"の時から知ってるよ」

カ「シーン、1……?」

語「この世界の裏方にしか分からない事さ、気にしなくていいよ。 それで……君達は、何をしに此処まで来たのかな?」

カ「私達は、お菓子を貰ってまわっているの。語り部さんは、噴水の前で何をしているの?」

語「ふふ、僕は語り部だからね。今日は、此処で君達の物語を語っているのさ」

カ「私達の? 誰に語ってるの?」

語「誰かにさ」

カ「それが貴方のお仕事なの?」

語「お金を貰っているわけじゃないから、仕事ではないかなぁ」

カ「なら、どうして続けるの?」

語「それが楽しいからさ。 君はいつも、お金が貰えるから絵本を読んでいるのかい?」

カ「いや……楽しいから、読んでる」

語「うん、そうだよね。 僕にとって"語ること"とは、君にとっての"絵本を読むこと"と同等なのさ……お嬢さんが今、一番やりたい事は何だい?」

カ「一番、やりたい事?」

語「まぁ、今すぐに決めろとは言わないさ。 何でそんなことを僕が勧めるのかというとね……人生は"自分はどうしたいのか"を常に考えながら生きる方が、もっと楽しく、もっと深くまで味わえるように出来ているからだよ。 もちろん今僕が一番やりたい事は、君達二人の物語を語ることさ」

カ「ちょっと、難しいお話かも」
カ「でも、楽しく生きる方法なんだってことは、分かる」

語「うんうん、伝わったようで何よりだ」
語「……さて! 君達の物語の続きを語るには、君達自身が先に進まないといけない。 次は……そうだなぁ。 ここを右に出た先に並んでいる住宅地に行ってみるのはどうかな? あの辺りはお菓子を用意してくれている家が多いかもしれない」

カ「お菓子……あ、そうだった。 語り部さんっ、TRICKorTREAT!」

語「ふふっ、その台詞を待っていたよ。 実はさっき、君達が中心街まで来る前にお菓子を買っておいたんだ。そこの包帯くんやアリクイみたいに、空を飛ぶのは御免だからね」

カ「……? 何でその事を知ってるの?」

語「言っただろう? 僕はシーン1の時から君を知っているのさ。 さぁ、早くお行き! ハロウィンの夜はあっという間だ」

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シーン8『悪戯な隣人と光る屋根』

リ「(ハロウィンではしゃいでる風なガヤ)」

カ「わ、小さい子がいっぱい……」

ル「布状の宙を舞う身体に、子どものような高い笑い声……あれは、リトルオバケだね」
ル「彼らは普段から街中を駆け回っているが……毎年この日になると、特に元気なんだよなあ」

カ「お菓子が、好きなのかな?」

ル「それだけなら全然いいんだけどね……はぁ」

カ「えっ?」

ル「悪戯も大好きなんだ、彼らは」

カ「き、気をつけなきゃ」

ル「うん、それがいい。 さて……どの家でお菓子を貰おうか」

カ「お家がいっぱい」

ル「この街は住宅街と商店街とではっきり分かれているからね。 この辺りは家ばっかりさ」

カ「語り部さんもアリクイさんも、ここに住んでるの?」

ル「さぁね……アリクイはそうかもしれないが、語り部のヤツはどうだか」

カ「……? ルシェルシェ、あそこの屋根、何かキラキラしてる」

語「カルーアはそう言うと、赤い屋根の家を指差しました。 ルシェルシェは眩しそうに目を細めて、時折瞬くように光る屋根の一点を見つめます」

ル「あれは…………なんだ?」

カ「ねぇ、ルシェルシェ。 お菓子を貰うお家……あのお家に、しよ?」

ル「ふむ。 まぁ、他にアテがあるわけでもないし……うん。良いね、あそこにしようか!」

カ「やった! 早く、行こ!」

ル「あぁ、行こうか! ……ふふっ、ハロウィンを楽しんでくれてるみたいで何よりだ」

語「カルーアは扉の前に辿り着くと、ふと違和感に気づき、足元へと視線を動かします。 視線の先には、猫が出入りするための小さな扉が付いておりました」

カ「……? ここって、猫さんのお家なのかな」

ル「猫か……この街にいる猫の住人と言ったら、チェシャ猫かマブ……(言いかける)」

火「私の家に何か用かしらン? ……あら? 包帯ちゃんも一緒なのね」

カ「トカゲ、さん?」

ル「なるほど。 ここは火吹きトカゲの家だったのか」

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シーン9『桃色の火吹き蜥蜴』

語「火吹きトカゲは、桃色の鱗をしたまつ毛の長い小さなトカゲでした。 ルシェルシェの顔見知りらしい火吹きトカゲは、二人を家の中へと招き入れます」

火「適当にくつろいでねン」

カ「ありがとう……ございます」

火「あらあら。 礼儀の正しい子ね、可愛いわぁ」

ル「それにしても……まさか、お前が一般の民家に住んでいるとは思わなかったよ」

火「もう。 相変わらず包帯ちゃんはデリカシーが無いのね! 私も一般人なんだから、一般の民家に住むわよン」

ル「いや、そういうことじゃなくて……トカゲの身体には少し、この家は広すぎやしないか? それに家具も普通のサイズだし……この椅子なんかお前からしたら、ベッドみたいなモンじゃないか」

火「元よりそれは来客用よン。 私はテーブルの上で食事をするし、テーブルの上で手紙を書くもの。 椅子なんて使う必要が無いわン」

カ「あ、あの。 火吹きトカゲ、さん」

火「"トカゲのお姉さん"でいいわよン。 何かしらン?」

カ「このハンカチ……座る時、敷物に使って? テーブルの上じゃ、きっと傷めちゃうから……」

火「……あっ。 もしかして、クッションの代わりかしらン? 嬉しいわぁ! 大切にするわねン」

カ「う、うん……! あっ。 トカゲのお姉さん。 その、お姉さんのお家の屋根でキラキラ光ってるアレって何?」

火「あぁ、あれは私の鱗よン。 古くなった鱗が新しい鱗と入れ替わる時に取れちゃうから、それを屋根に貼り付けてるの。 どうかしらン?」

カ「キラキラしてて、綺麗」

火「……包帯ちゃん。 この子をウチに預けてみる気は無いかしらン」

ル「残念ながら無いな。 ところで、火吹きトカゲ。 屋根の飾り付けといい、家事といい……まさか全部一人でやってるわけじゃないよな?」

火「さすがに一人じゃ限界があるわン。 だからいつも、一人でできないことはご近所さんに手伝ってもらうようにしているの」

カ「この街のオバケさん達って、皆優しいんだね」

火「えぇ、とっても。 一人じゃ私は料理も出来ないもの。 油断したら鍋の中で茹でトカゲになっちゃうわン」

カ「お料理、好きなの?」

火「えぇ。 趣味にすると案外楽しいものよン。 貴女のお母さんは、料理お好きなのン?」

カ「お料理……うん。 お母さん、お料理好きだよ。 でも、ちょっと前にお母さん、ショーシン? しちゃって。 それからずっと忙しいから、最近はお母さん、休みの日もお菓子を作らなくって……」

火「あら、そうなのン? それなら、私はお菓子じゃなくてコレをあげようかしらン」

カ「これ……ジュース?」

火「オリーブオイルよン、料理に使う油」

カ「おりーぶ、おいる……」

火「そう。 たとえ今が忙しくても、料理が好きなお母さんなら、きっと喜んでくれるわン」

カ「……! ありがとう」

火「ふふっ、いいのよン。 ……いつも、私のために誰かが何かをしてくれるわン。 だから、たまにこうやってお返しをすると、感謝の気持ちを忘れずにいる事が出来るのよン」

カ「感謝の気持ち……?」

火「ありがとう、って気持ちよン。 」

カ「私に?」

火「"これ"。忘れたのン?」

カ「あ、ハンカチ……」

火「本当にありがとうねン、貴女への感謝の気持ちも、このハンカチを見るたびにきっと思い出すわン。 ……貴女はこれから、お母さんにそのオリーブオイルをあげなさいな。 それで、貴方のお母さんへのありがとうって気持ちを忘れないようにするのン」

カ「うん……でも、お母さんにありがとうって言いたい事は、ひとつじゃないの」

火「そしたら今度は、お母さんに貴女が料理をしてあげたらいいわン」

カ「でも、私お料理なんて、できない……」

火「教えてもらいなさいな。 それでまた、ありがとうって伝えればいいのよン。 "ありがとう"は何回伝えてもいいし、相手も喜んでくれるものよン」

カ「うん……わかった」

火「ふふん、さて……はい。 包帯ちゃんにもオリーブオイル」

ル「は? ……なんで俺まで」

火「貴方は、たまにはちゃんと家で料理しなさい、ってことよン。 この油を使い切るまでは取り敢えず料理してみなさいな」

ル「ハァ……わかったから、いつまでも子ども扱いしないでくれ」

火「私にとったら、貴方はいつまでも子どもなのよン。 来年もまたウチに寄りなさいな。 お嬢ちゃんも、包帯ちゃんも、ね」

カ「うんっ……! バイバイ、トカゲのお姉さん」

火「バイバイ、お嬢ちゃん」

ル「じゃあ、俺もそろそろ行こう」

火「包帯ちゃん」

ル「なんだ?」

火「貴方は、お嬢ちゃんをどうするつもりなのかしらン?」

ル「……どうもしないさ。 どうするかはあの子が自分で決める事だ」

火「あら、そう。 ……道が暗くなってるから、気をつけてねン」

ル「あぁ、ありがとう」

語「火吹きトカゲに見送られ、二人は赤い屋根の家をあとにしました」

▽────▼────▽────▼
シーン10『猫、路地裏、目を覚ます。』

語「火吹きトカゲの家をあとにしたカルーアとルシェルシェは、住宅地を抜けて商店街まで戻るために、折り返しの横道を歩いておりました。 先程までとは打って変わり、人混みも落ち着いたこの街路は、住宅地や商店街と切り離された世界なのだと錯覚してしまうほど、静かな道でした」

ル「お菓子じゃないものを貰っちゃったね」

カ「うん……でも、嬉しい」

ル「……そうだね。 早くお母さんに渡さないといけないね」

カ「うんっ」

ル「本当に、これでいいんだね」

カ「……ルシェルシェ? 何か、言った?」

ル「え? ……あぁいや、すまない。 少しボーッとしていたようだ。 はは、ははは」

カ「そっか。 ……?」
カ「ルシェルシェ、道の奥から何かがこっちに向かってきてる」

ル「え? …………げっ」

リA「あっ、ルシェルシェだ」
リB「ルシェルシェだー」

ル「お前達は……」

カ「えっと、リトルオバケ……さん?」

リA「ヒトの子だ!」
リB「だあれー?」

カ「カルーア、です」

リA「カルーア!」
リB「カルーアー!」
リA「お菓子あるー?」
リB「お菓子ちょうだーい」

カ「え……えっと、あの、その」

ル「コラコラ。 この子の貰ったお菓子は、この子のものだろう? というかお前達は、もう十分周りから貰っているだろうが」

リA「ルシェルシェ、うるさいぞぉー!」
リB「あぁー! ルシェルシェ、お菓子持ってるー!」

リ「(お菓子頂戴コール)」

ル「があぁっ、ちょっ! ……コラ、引っ張るな!」

カ「ふふっ、ふふふ」

語「小さなオバケ達に翻弄されるルシェルシェと、それを見て静かに笑うカルーア。その刹那、ずっとカルーアに抱きかかえられていた鍵尻尾の灰猫が、彼女の腕をするりと抜け出しました。 猫はそのまま、二人に構わず奥の曲がり角の先へと消えてしまいました。カルーアは猫の向かった先へと走り出します」

カ「待って、猫さん……!」

ル「! お嬢さ……ちょ、お前ら退けてくれ……!」
ル「カルーア!」

(少しの間。)

カ「はぁ……っ、はぁ。 猫さん、急に走り出して、どうしたの?」
カ「……えっ?」

(少しの間。)

ル「はぁ……はぁ……っ」
ル「カルーア、一体どこまで……」

リA「ルシェルシェ、止まったー」
リB「ルシェルシェ、追いついたー」

ル「お前達……すまないが、今は構っている場合じゃないんだ。 お嬢さんを探さなくてはならない。 モノによっちゃあ、ヒトが好物な奴もこの街には彷徨いている」

リA「こっちー」
リB「こっちー」

ル「……? そっちは真っ直ぐ進んでも行き止まりだろう。 そっちに進んだのなら、そろそろ引き返してきてもいいくらいな筈だ」

リA「お菓子の匂い、するー」

ル「……!! でかしたぞ、リトルオバケ!」

リA「急いでー」
リB「急いでー!」

ル「はぁ、はぁ……急いでいるさ!」

リA「変な匂い、するー」
リB「するー」

ル「はぁ、はぁ……変な、匂い?」

リA「くさぁーい!」
リB「転んだ時の匂い!」

ル「臭い? 転んだ時? ……血の匂いか!!」

語「ルシェルシェは、更に強く地面を蹴り上げて、一人分ほどの道幅しかない路地を奥へ奥へと進んでいきます」
語「奥へ進めば進むほど、煉瓦造りから岩肌へ……石畳から砂地へと、狭い路地は人の手の加えられていない道に姿を変えていきます。 やがて、ルシェルシェは道の開けた場所に辿り着きました」

ル「はぁ……はぁ……ここか?」
ル「カルーア! どこだ、カルーア! カルー……」
ル「……カルーア?」

語「辺りを針葉樹に囲まれた、切り立った崖の底。 空から崖底を照らす月の光が、夜の奥に佇む二つの影を青白く照らします。 そこにあったのは、熊と見間違えるほど大きな身体をした灰色の猫と、猫の目の前で微動だにせず横たわる、ポーチを肩に掛けた少女の姿でした」

ル「カルーア!!」
ル「しっかりするんだ、カルーア!! ……カルーア!!」

語「ルシェルシェは、カルーアに近寄り膝を突くやいなや、肩から抱きかかえて、彼女の名前を呼び続けました。 カルーアは気を失っているのか、瞼を開けません。足には大きな何かに引っ掻かれたような深い爪痕が残っていて、足元には小さな血溜まりができていました。」
語「すると、目の前で座り込んでいた巨大な猫が二人に向かって飛びかかってきまし……(途中でルシェルシェがナレーターに割り込むように)」

ル「この子に近寄るな!!」
ル「この子は……この街に留まることを望んでいない!!」

語「猫は、ルシェルシェの声にビクリと硬直した後(のち)、静かに一歩後ろへ下がります。 カルーアは、ルシェルシェの声が聞こえたのか、意識を取り戻しましたが、瞼を開ききる間もなく、再び眠りに落ちてしまいました」

▽────▼────▽────▼
シーン11『少年、路地裏、目を覚ます。』

ル「カルーア……すまない。私が目を離していたせいで、こんな事に」

ル「痛かったろう……待っていてくれ、包帯ならいくらでもあるんだ」

ル「私は案内役失格だな……すまない、すまない……」

語「月の光が絶えず照らし続ける崖の底。 ルシェルシェは、自らの包帯を、カルーアの足へと丁寧に巻いていきます。 姿が大きくなったままの灰猫は、ルシェルシェの言葉を聞いてからはもう、暴れだす事はなく、どこか哀しげな表情でカルーアの顔を覗き込んでおりました」

カ「ルシェ……ルシェ?」

ル「……カルーア! はは、良かった……本当に、良かった」

カ「ごめんなさい……急に一人で行っちゃって」

ル「何、君が無事だったなら良いさ……他に痛むところはないかい?」

カ「うん、大丈夫……あれ?」

ル「……どうかしたかい?」

カ「ルシェルシェ、貴方って……人間だったの?」

ル「は……? そんなまさか。 出会った時にも言ったけど、私は包帯だらけのバケモノさ。人間であるはずがない」

カ「だって、ルシェルシェ……お顔」

ル「えっ?」

語「カルーアはルシェルシェの頰を自分の掌で包み込むように二、三度撫でました。カルーアの足に巻いた包帯は、今までルシェルシェの"人間の顔を覆い隠していた"ようです」

ル「私が、人間……? そんなまさか。 だって私は今まで一度も……」
ル「……。」

カ「……ルシェルシェ?」

ル「私は何か……大切な、何かを」
ル「何か、大切な事を……忘れている?」

カ「る、ルシェル……」

ル「ぐっ!? があああっ!!(頭痛に悶え苦しむような声)」

カ「ルシェルシェ!?」

ル「そ、そうだ……南瓜の匂いだ……ッ」
ル「私は……大切な、何かを!!」

▽────▼────▽────▼
シーン12『愚かな子』
※このシーンのルシェルシェは幼少期のルシェルシェです。別の方が演じても差し支えありません。

語「ルシェルシェの脳裏に響く、土砂降りの雨が跳ねる音。 それは、クッキーを焼き上げる時にできる焦げ目のように……はたまた、消し跡を鉛筆で擦る時のように、じわじわと、しかしハッキリと、鮮明な記憶として蘇ってきました」

ル母「もう、ルッシェ! またイザベルに意地悪したの? お兄ちゃんなんだからもっと妹には優しくしなさいっていつも言ってるじゃない!」

ル「でも、悪いのは僕じゃないよ、イザベルが勝手に僕のお菓子も食べたんだ! いくら僕が歳上だからって、イザベルの我儘にいつも怒らずになんていられないよ!」

ル母「母さんは、ルッシェがイザベルを叩いた事に怒っているの! ほら、ちゃんとごめんなさいしなさい! はい、ごめんなさ……」

ル「謝るもんか! 僕は何も悪くないんだ! ……こんなんなら、一人っ子の家に生まれれば良かったよ!」

ル母「なっ……!」
ル母「あぁそうですか……もう、それなら出て行きなさい!! 母さんも、貴方なんか産まなきゃよかったわ!!」

ル「……い、言われなくたって出ていくよ!!」

ル母「あっ……ルッシェ、待ちなさい! ルッシェ!!」

ル「待たないよ、待つもんか!」
ル「……南瓜の、匂い?」
ル「うわあぁっ!?」

語「ルシェルシェの記憶に残っていた最後の"あちら側"は、激しい雨音と、微かな南瓜の匂い……そして、玄関を飛び出した先で目前まで迫っていたトラックの、眩しいライトに照らされている光景でした」

ル「うっ。 ここは……路地裏?」

魔「おんや、目を覚ましたかい」

ル「うわっ。 お婆さん、誰……? ここはどこ? ダブタラの街じゃないよね」

魔「ダブタラの街? そんな街は聞いたことも無いね。 それに、この街の名前も聞いたことなんて無いねェ」

ル「何それ、意味わかんないなぁ」

魔「何だい。 坊やは、そのダブタラとかいう街に戻りたいのかい?」

ル「えっ?」
ル「 ……いや。 帰りたくない」

魔「あらあら、そりゃあまた、何でさね?」

ル「どうだっていいだろ……僕は、生まれてこなければよかった子なんだから」

魔「……そうかいそうかい、じゃあ、急ぎの用も無いんだね。なら、この街で少し遊んでいかんかね?」

ル「この街で……遊ぶ?」

魔「今日はハロウィンデイだからねェ、街中、お菓子を貰ってまわっているのさ」

ル「お菓子……!? まわるまわる!」

魔「よし、じゃあ行こうかね……あぁ、そうじゃった」
魔「この世界を出るまでは、絶対に何も口にしちゃいけないよ。 元の世界へ戻れなくなってしまうからね」

(少しの間。)

魔「ハロウィンは、楽しかったかい?」

ル「うん、凄く楽しかった! それに、お菓子もいっぱい貰えたし!」

魔「そうかいそうかい……さて。 じゃあ、そろそろダブタラに帰るかい? お迎えも来ておる、ほれ」

語「魔女の老婆は、崖の向こうを指差しました。 老婆の指差す先には、巨大な扉のようなものが、目が潰れてしまいそうなほどの眩しい光を放ちながら、その口を開けていました。驚くことに、扉は崖の延長線上に、何にも支えられることなく、浮かぶように佇んでおりました」

魔「あれを通れば、坊やの住む街に帰れるさね」

ル「……いいよ、帰りたくないし」

魔「……坊や?」

ル「お母さんとイザベルのいる街になんか戻りたくない!!」

魔「あれま! あぁ、坊や……何てことを……!」

語「ルシェルシェは、ポケットに詰め込んでいたクッキーや飴玉を、可能な限り口の中へと放り込みました」
語「お菓子が喉を通りきる頃には、光を放っていた扉は跡形も無く消え去り、残ったのは月が辺り一面を青白く照らす崖底と、その先に見える扉の無い大きな崖の縁だけでした」

ル「そうして僕は……包帯を巻きつけた。 頭に、腕に、胴体に。 ……嫌な気持ちも思い出も全て、包帯の内側に閉じ込めてしまって」

ル「────そうして私は、マミーになった」

▽────▼────▽────▼
シーン13『私は貴方の友達でしかないけれど』

ル「そうだ。 私は、ずっと昔に……この場所で」

カ「ルシェルシェはもう、元の場所に帰れないの?」

ル「あぁ。 それに……もう、何年も前の話さ。 仮にあの時、お菓子を口にしていなかったとしても、あちら側に戻るための身体が無いんじゃあ、もう帰れないだろうさ」

カ「……そっか」

ル「あぁ、素直に謝れば良かった。 本当はちゃんと分かっていたさ。 手を出した私が悪かったのだ、まだ小さかったイザベルはきっと、悪気なんて無かったのだ。分かっていたさ……分かっていたとも」
ル「イザベルは……母さんは、私をまだ怒っているのだろうか。どちらにせよ、私はもうこれから一生"生まれてこなければよかった子"だ」

カ「ルシェルシェ」

語「哀しそうで、少し寂しげな表情を浮かべて項垂れるルシェルシェに、カルーアは視線を灰猫の方に向けたまま語りかけます」

カ「私は……ルシェルシェが居なかったら、この街で宛もなく迷っていたし、きっと何処かで、知らずにお菓子を食べてた」
カ「空を飛ぶ魔法のことも、空から見える綺麗な景色も、きっと知らなかった」
カ「アリクイさんに語り部さんに、火吹きトカゲさんに、リトルオバケさんに……こんなにたくさんの友達も、できなかった」
カ「……勿論、猫さんとも」

カ「私は、貴方の友達でしかないけど……貴方の家族の代わりには、きっとなれっこないけれど」
カ「……私は、この世界がルシェルシェの居る世界で、良かったって思うの」

カ「……貴方はとっても、素敵な人よ。アリクイさんもきっと、"満場一致だ"って言うわ」

ル「カルーア……ありがとう。 君は、本当に優しい子だね」

語「そう言うと、ルシェルシェは腕に巻いていた包帯を外し、カルーアの頭を優しく撫でました」
語「撫でられてルシェルシェの方に顔を向けたカルーアと、ルシェルシェの目が合ったのとほぼ同時に、入って来た道から向かい側にある崖の延長線上から、眩い(まばゆい)光が瞬きました。 二人と灰猫は、光の射し込む方向を振り向きます。そこには、巨大な両開きの扉がそびえ立っていました」

ル「やっとお出ましか」

カ「これって……」

ル「カルーア、そろそろハロウィンデイとも、この街ともお別れだ。 お迎えの時間が来た」

カ「うん……でも」
カ「私は、あっちに帰ってもいいの、かな」

ル「どうして、そう思うんだい?」

カ「私は……生まれない方がよかった子、かもしれないから」

語「カルーアは足元に視線を下げたまま、静かにそう答えました」

▽────▼────▽────▼
シーン14『愛されたかった子達』

カ「ただいま! ……お母さん? お父さん?」
カ「お手紙……」
カ「"お、む、ら、い、す……レ、ン、ジ"?」
カ「……おいしい」

語「少女の夕食は、いつもレンジに入れるところから始まりました。」

(少しの間。)

カ「ただいま! お母さん……その、今日ね。 テストがあってね、それで100て……」

カ母「ごめんなさい。今、忙しいからまた後にしてくれる?」

カ「あっ……う、うん」

(少しの間。)

カ「あっ、お父さん! あのね、今日テストがあってね、それで……」

カ父「カルーア。 お父さんは今仕事で忙しいから、自分の部屋で遊んでいなさい」

カ「う、うん……ごめんなさい」

(少しの間。)

カ「ただいま……お母さん、お父さん?」

カ父「……だから、それは君が電話しておくって、この前自分で言ってたじゃないか!!」

カ母「貴方が"やっぱり連絡しなくていい"って言ったから、しなかったんじゃない!」

カ父「ハァ、ったく……どうするんだよ!」

カ「お父さん、お母さん……どうしたの?」

カ父「今忙しいんだ、あっちで大人しくしていなさい!」

カ「ご、ごめんなさ……」

カ母「ちょっと……カルーアに当たることないんじゃないの!?」

カ父「うるさいな!! 元かと言えば君が……!」

語「お母さんとお父さんは忙しいんだから、仕方がない……少女は、何度もそう、自分に言い聞かせました。 仕方がない。仕方がない……そう頭の中で反芻(はんすう)する度に、幼い少女の視界は霞んでしまいます」

カ「今日も凄い雨……お母さん達、まだ帰ってこないのかな」
カ「あっ、猫さん。 雨に濡れて、可哀想……雨宿り、させてあげなきゃ」

(少しの間。)

カ「こんな土砂降りの中外に居たら、風邪ひいちゃうよ? ……あれ。 南瓜の、匂い?」
カ「あっ、待って! 猫さ……きゃあっ!!」

語「猫を追いかける少女。しかし、土砂降りの雨のせいか、少女は路地裏で、階段を踏み外してしまいました。小さな身体は、段々勢いをつけて、下へ、下へと転がり落ちてゆきました。 最後の一段を転がり、路地に叩きつけられた少女は、目の前で乱反射する雨粒と、段々と雨で薄れてゆく血溜まりを、虚ろな瞳で見つめました」
語「そうして間もなく、少女は静かに目を閉じました」

(少しの間。)

ル「……ルーア」
ル「カルーア、大丈夫かい?」

カ「あっ……ごめんなさい、ぼーっとしてた」

ル「いいよ。きっと歩き疲れていたんだろう。 それで……どうするか決めたかい? あちら側に帰るか、帰らないか。これは、君が好きに決めていいんだよ」

カ「帰りたい。 でも私は、あっちに帰ってもいいのか……あっちに帰る場所があるのか……よく、分からないの」
カ「お母さんとお父さんが私に会いたいようには、いつも見えないから」

ル「大丈夫さ、会いたいに決まってる。 だって君は、素直で優しい子だからね」
ル「それに……料理が好きなお母さんに、オリーブオイルを持って帰ってあげたいんだろう?」
ル「お菓子も、隣に座ったりして、一緒に食べたいと思っているんだろう?」
ル「だったら、他に理由なんて要らないさ」

カ「ルシェルシェ……ありがとう。私、お母さんとお父さんの居る世界に……きゃあっ!?」

ル「カルーア!?」

語「短い悲鳴が聞こえるやいなや、ルシェルシェの視界からカルーアが消えるように居なくなってしまいました。 すると突然、大きな影が、頭上の月明かりを覆い尽くします」

ル「お前は……」
ル「何のつもりだ、ハーネス!!」

風「包帯男。その名で呼ぶのは野暮ってモンだろ? まぁ、いいケドさ」

語「ハーネスと呼ばれた熱気球のオバケは、天辺(てっぺん)に王冠を乗せたエンベロープの内側から、くぐもった様な笑い声を上げ、月の見える方へと上昇を始めました。崖底に熱気球のバーナーの轟音が響き渡ります」

▽────▼────▽────▼
シーン15『振り絞る勇気』

ル「お前……お嬢さんをどこへやった!!」

風「どこって……ほら、ここにいるよ」

語「そう言うとハーネスは、エンベロープから伸びた4本のヒモのような腕が地上のルシェルシェに見えるように振り向きます。 そこには、ヒモに絡まるようにカルーアが捕らえられておりました」

カ「ルシェルシェ……!」

ル「カルーア!! ……この風船野郎、お嬢さんをどうするつもりだ!?」

風「ハロウィンデイの街へ連れ戻してあげるだけさ……何、これは彼女が望んでいたことじゃないか」

カ「助けて……ルシェルシェ!!」

ル「はっ。そういうふうには見えないがな!!」
ル「カルーア、すぐ助けに行くぞ!!」

カ「ルシェルシェ……!」

風「全く。 包帯の奴も街の野郎も、散々君を振り回した挙句、あちら側に送り返そうとするだなんて……もう安心していいよ、お嬢さん。 僕が街に戻してあげるからさ」

カ「そんなことしなくて、いい……ルシェルシェも皆も、私を振り回してなんかいない……!」

風「まだ実感できていないだけさ。 明日にはきっと、街に戻って良かった。あちら側に帰らなくて良かった、って気付く筈さ」

カ「そんな事ない……お願い、離して!」

語「しかし、ハーネスは秒読みの如き早さで、崖底から空へと高度を上げてゆきます。 崖の縁をハーネスの頭の王冠が通り過ぎる頃には、ルシェルシェに成す術(すべ)が無くなるほどの距離まで達していました」

ル「くそ……アイツを止めることさえできれば!!」
ル「重りを付けるには遠すぎる……バーナーの燃焼を止めるにも水が届かない! ……バーナー?」
ル「……そうだ! カルーア!!」

カ「ルシェルシェ……? 何!? なぁに、ルシェルシェ!!」

ル「ポーチだ! お菓子を詰めたポーチを、バーナーに投げ込むんだ!!」

カ「聞こえないよ……! 何て言ってるの、ルシェルシェ!」

ル「くそ……っ、バーナー焚きすぎなんだよ、あの野郎!!」

語「ルシェルシェは力の限り叫びますが、気球の轟音に呑まれた声は、少女の元まで届きません」

カ「ルシェルシェ、全然聞こえないよ……誰か、助けて。 アリクイさん……語り部さん……トカゲのお姉さん」

語「まぁ、呼ばれて飛び出ないわけにはいかないよね。 語り部は、そう泣きじゃくる少女に語りかけました」

カ「えっ……語り部、さん?」

語「ふふん。 ではでは……ゴホン!」
語「"ポーチだ! お菓子を詰めたポーチを、バーナーに投げ込むんだ!!"ルシェルシェはそう叫びますが、気球の轟音に掻き消されて、少女の元まで届きません!!」

カ「!! ありがとう、語り部さん……!」

語「いいよ。声が通る事だけが、僕の取り柄だからね」

風「その声は……お前、語り部か!! お前は語るだけの筈だろう!? 今更何の真似だ!!」

語「いやぁー……何処ぞの風船くんが、僕の友達をいじめていると聞いてね? それに……」
語「僕が今一番やりたい事は"この二人の物語を語ること"だからさ」
語「さぁ、お嬢さん。 急いでポーチをバーナーへ!」

カ「えっ……でも、このポーチは……!」

語「大丈夫。また来年も、お菓子を貰いに来ればいいさ。だから今は、ポーチを投げるんだ。お嬢さん」

カ「……アリクイさん。 語り部さん。 トカゲのお姉さん。 ……ごめんなさい!!」

語「カルーアは、ポーチを肩から外すと、頭上のバーナー目掛けて投げ込みます。 すると、バーナーは恐ろしいほどの勢いで、轟々と燃え始めました。バランスの取れなくなった気球はフラフラと上昇と降下を繰り返します」

風「うおおっ!? 何だ、何が起こっている!!」

ル「放り込んだのは、お菓子だけじゃない」

カ「あっ……!」

ル「オリーブオイルさ」

風「くそおおお!! も、燃える! 燃える!! 何故邪魔をする、ルシェルシェ!! 僕はただ、この子の望み通りにしてあげたかっただけなのにいい!!」

ル「いい加減にしろ! それは彼女の望みなんかじゃなくて、お前の望みだろう!!」

カ「きゃっ……!!」

語「炎は段々と勢いを増し、ついにエンベロープにまで炎が燃え移ります。 堪らず慌てふためいたハーネスは、捕らえていたカルーアから手を離しました。 浮力から解放されたカルーアは、大きな扉のそびえ立つ暗い崖の底へと向かい、一直線に落下してゆきます」

ル「カルーア!!」

語「ルシェルシェは、考えるよりも早く、カルーアの落下していく方向へと走り出しました。 しかし、カルーアが落下する先は底の見えない崖の底です。 ルシェルシェが彼女を受け止めるには、あと何歩分も足場が足りません」

ル「うおおおお!!」

語「その時、月明かりの射し込む崖底に、靴底を鳴らす音が反響しました。 宙を舞う二人を、月が見守るように照らします」

ル「もう、大丈夫だ」

語「ルシェルシェの手が、少女の小さな手を掴みました」

▽────▼────▽────▼
シーン16『夢に願えば』

ル「まさか、ハーネスの奴が現れるとは思わなかった。 怪我はなかったかい?」

カ「うん……大丈夫」

ル「そうか、それならよかった。 あの扉もいつまで待ってくれるか分からない……せっかくだし、このまま"あちら側"に繋がる扉まで飛んでいこうか」

カ「ねえ、ルシェルシェ。また、一緒にハロウィン……できる?」

「あぁ。 夢に願えば、きっと私達はこの街でまた逢える。 そしたら、また一緒にお菓子を貰いに出掛けよう。また一緒に手を繋いで、今度は街中を飛んでまわろう」

カ「でもルシェルシェ、空を飛ぶのは苦手なんでしょう?」

ル 「大丈夫。君のためなら私は、どこまででも飛んでいけるさ」

カ「さっきも、私のために飛んでくれた」

ル「あぁ」

カ「その……ありが、とう」

ル「お安い御用さ」

ル「ハロウィンデイもそろそろ終わる。だから今日は……もう、さよならしよう。友達と日が暮れるまで遊んだ後は、どんなに楽しくても、必ずさよならをしないといけない。そして君は、お父さんとお母さんにただいまを言うんだ……だから」
ル「今日はもう、さよならしよう。君の家族は、君の帰りを待っている筈だから」

カ「本当に……お母さん達は私のこと、嫌いじゃないかな。 本当に帰っても、いいのかな?」

ル「あぁ。 きっと君を待っているさ。 だって……君の世界は、こうして君を迎えに来てくれているじゃないか。 君は今、あちら側の誰かに呼ばれているんだ。 "君がこの街に呼ばれた時"のように」

カ「この街に、呼ばれた時……?」

ル「あの灰猫さ。 あの大きな熊のような姿……間違いなく彼は、この街にヒトを誘い込む類のなにかだ」
ル「……あぁ、そうだ。最後に、これは君にあげようかな」

カ「……この袋、何?」

ル「ふふっ、開けてごらん。崖に落とさないようにね」

カ「あっ……このお菓子」

ル「私に向けて渡された分のお菓子さ。 中身は多分、君の貰ったものと同じはずだよ。 これをあちら側に持って帰ってくれ。 私からしたら、いつでも貰える品々だから、遠慮しなくていい」
ル「それともう1つ……これも君にあげよう」

カ「……クッキー? 初めて貰ったお菓子」

ル「やはり私は、あげる側の人間だと思ってね。それは、私からのお菓子だよ」
ル「Trick or Treat、カルーア

カ「……! Trick or Treat、ルシェルシェ!」

ル「さぁ、扉をお通り。 ここから先は、君にしか通れない」

カ「わかった。 ……あのね、ルシェルシェ」

ル「なんだい?」

カ「私、この街もハロウィンも、ルシェルシェも街の皆も、大好き」

ル「……じゃあ、次に来た時には、もっと街を案内してあげよう」

カ「さようなら、ルシェルシェ!」

ル「あぁ。さようなら、カルーア

語「カルーアは、扉の向こうへと歩いてゆき、やがて光に呑まれるようにルシェルシェから見えなくなってしまいました」

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シーン17『そして、あちら側はこちら側へ』

語「誰かが名を呼ぶ、声が聞こえる。 それは風邪をひいた時のそれのような、たいへん調子の弱った呼び声でした」
語「鼓膜に響く、等間隔で打ち込まれた黒点のような機械音。 膝元に感じる暖かみと、僅かな重み」
語「少女は重い瞼を開けて、長い夢から目を覚まします」

カ「ここ……病院?」

母カ「……! カルーア!!」

カ「あっ……お母、さん」

母カ「カルーア……! 良かった……本当に、良かった」

語「少女は、泣きながら安堵する母を見て、包帯姿の彼に似ているなと、少しだけ思いました。 南瓜の匂いは、消毒液の匂いに変わっていました」

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シーンEND『そして、こちら側はあちら側へ』

語「……まぁ、勿論これは夢なんかじゃないんだけどさ」

ル「なんだ? 語り部のお仕事は、もう終わったのか?」

語「君こそ、案内人のお仕事お疲れ様。中々カッコよかったじゃないか」

ル「はっ。 どうだか」

語「……あぁ、そうそう。 お嬢さんの御家族は、ちゃんと彼女の事を待ってくれていたから、安心していいよ」

ル「プライベート空間もヘッタクレも無いな、お前は。 そんなの言われなくても分かっているさ。 何せ、あの扉はお嬢さんの事を誰かが、あちら側で待っていた証なんだか、ら…………まさか」

ル「あぁそうか……そうだったのか、母さん。 あの日……俺が初めてこの場所に来た、あの日
ル「 母さんも……私の帰りを、待ってくれていたのか」

語「……ふぅ(今更気付いたか、と言わんばかりの溜め息)」

ル「……私は、大切な事から背を向けていたのだな」

リA「ルシェルシェだ」
リB「ルシェルシェだー!」
リC「ホントだ」

ル「なんだお前ら、また来たのか? アリクイみたいな登場の仕方しやがって」
(セリフ語、鼻すすり)

リA「泣いてるのカ?ルシェルシェ」
リB「泣いてるのカー?」

ル「……ふっ、まさか。 私はマミー。 包帯を濡らすような真似はしないさ」
ル「さぁ、皆のところへ戻ろうか!なんたって今宵は、楽しくて素敵な、ハロウィンデイだからね!」

語「こうして始まった、ハロウィンデイ2回戦。 ルシェルシェは腕の包帯を巻き直すと、灰猫やリトルオバケ達を引き連れて、街の方へと歩き出しました」
語「 ……えっ。何だって? 君も2回戦に混ざりたいのかい?」
語「ふふっ、だったら今すぐにでも、遊びに来るといいさ。 南瓜の匂いに、誘われて。」

-end-
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